[日記]かくあるべき論の難しさについての意識.

ふだん引きこもりがちな生活をしていると,どうしても対極的な立ち位置である活発的な人たちを羨ましく思ってします(ここまで全て嘘).いずれにしても「○○とはこうあるべきだ」というタイプのかくあるべき論というのは,その人の立場ではそう見えるのだろうという優しい気持ちからすると真実だと思うし,でもまぁ普通に考えると経験的なバイアスかかってるよね,と思うとお前はいったい何を言っているんだ?という気持ちになる.ただ,こういう話というのはやはり尽きることなく,人が何かしらの活動をしたり,何かを経験するときには必ず出てくるのだろうなぁと思っている.

それはさておきとして,さっき英語で読んでたページを引用.URLはどこだったかな?(悪い例ダナ).

You may find yourself spending over half of your time reading, especially at the beginning. This is normal. It’s also normal to be overwhelmed by the amount of reading you think you “should” do.

最近なかなか読み物が減ってきている.論文だけではなく,普通の本,マンガなども絶対的に数が減少している.要するにパソコンに向かってる時間が長すぎるだけなんだけど,これは研究についてのかくあるべき論をたまたま探してきて読んでいたものの一節である.前にうちの特定准教授の先生と話していた時にも思っていたのだけど,やはり一流の研究者といえどもテーマ探し,アイデア発掘には苦労しているようなので,まだまだ半人前の研究者もどきの僕にとっては難しいナァという感想を抱いたのだ.それでも努力していくのだが.

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です